かごめかごめ物語(仮)公開版



〜〜〜春夏




 かたっ。

 ん………。
 廊下が軋む。

【春夏】あの………お茶をお持ちしました……。

【正二】………………。

【春夏】あの………。

【春夏】………………。

 何だ、此の女か。

【春夏】お邪魔してしまいましたでしょうか………?

【己】………気にしなくて良い。

【春夏】あ………。

【己】其処に置いておけ。勝手に飲むさ。

【春夏】で、デモ………。

【己】………………。

 ………………。
 ………。

 強ち、此方の猫を被っている方の性格が、此の娘の本当の姿なのかもな………。
 性格も今一つ安定しないようであるし―――いや、まだ判断を下すには早いか……。

【己】………………。

 まあ良い。
 程度の差さえあれ、己だって軍では似た様なものだ。
 笑えんさ。

【己】春夏。

【春夏】あっ………。

【己】春夏というのだな。

【春夏】う、ウン……。

【己】………………。

【己】良い名前だ。多少バタ臭いが、其の栗毛もある。似合っているぞ。

 帝都に居た頃に異人の娘を見たことがある。
 確か、バタヴィアから来たと名乗っていた。

 髪は燃える様な赤毛で、瞳は褐色。
 その赤毛が陽射しに透けて、天女の様に見事なものだった。

 それは大層な美人だったが………正直、己はでか過ぎて好かん。

 ………………。
 ………。

 奇妙なものだな。
 日本人らしい童顔な顔だちと、異人のような天女の髪。
 体格も小柄な方で………此れは、ふむ………。

 嫁となると考え物だが、囲うとなると………好色な華族ども好み、此の上無いな。

 ………………。
 ………。

 真坂正二の奴、そういう趣味で此の娘を置いているのではないだろうな………?

【春夏】………………。

【春夏】………………。

 ん……?

【己】どうした。

【春夏】………………。

【春夏】あの………。

【己】だからどうした。

【春夏】………………。

【春夏】あの………総一郎さま………。

【己】………………。

 何だ?

【春夏】総一郎さまって………呼んじゃダメですか……?

 春夏は少し俯きながら、目線を落としてそう呟く。

【己】ふむ………。

 そんなことか。

【己】別段問題は無いが………いや。

 ………………。
 ………。

 否、待て。
 其れは困るな。

 己は何も、正二から当主の座を奪いに来た訳では無い。
 そもそも其れこそ困る。
 己は軍人という此の職業が、この上無く肌に馴染むのだ。

 そもそも大尉殿のお耳に、軍に戻れ無いなどと知れた日には、どれほどあの方が悲しむことか………。考えたくも無い。

【己】すまん、矢張り止めてくれ。あまり篁の者として見られたくない。

【春夏】そっか……。

【己】何時も通りの春夏で構わん。あまり格式ばったのは、己の是ではないのだ。

【春夏】………………。

【春夏】ふふっ、わかりましたっ♪じゃあ、総一郎さんで♪

【己】問題無い。

【春夏】えへっ。アー、お茶このままでいいんだよネ。

【己】ああ、好き勝手やらせて貰う。

【正二】そうしてくれ。

【己】うおっ?!

 春夏と話が輿に載りかけた其の途端、また格式ばった正二の声が響いた。

【正二】六郎さんと話し合いに戻る。

 そして二言目といえば、不機嫌そうにそんなものだ。

【己】何だ、もう行くのか。

【正二】すまんな。此の仕事が終わらんことには、下の者も休めそうにないのだ。

 下………。
 要するに、此の邸宅の坂下の土地。篁町の町方どものことか。

【己】上だの下だの面倒な事だ。

【正二】軍人のお前が言うな。

【己】軍隊は単純だ。旧時代の遺物と違ってな。

 作戦、目的を達成する為に上官の命令は絶対。
 己達は只の駒であればそれで良い。

 こんな旧時代の形骸と一緒にされるのは心外だ。

【正二】変らんさ。

【己】ふんっ……。

 言ってろ。

【正二】………………。

 ………………。
 正二も心の底で、同じような悪態をついているのだろう。

【正二】ごめん、春夏ちゃん。俺のお茶飲んじゃってくれる?

【春夏】あ………ウン、わかったヨ。

【正二】あとコイツの世話は適当で良いから、自分のことやっちゃって。

【己】何だと。

【正二】ほいだば、行ってくるわ。

#正二 去る

 ………………。
 ………。

 ………………。
 ………。

【春夏】宿題やっちゃっていいカナ。

【己】宿題だと?

【春夏】ウン。

【己】ほう、女中をしながら学校に行ってるのか。

【春夏】そだよ。エライでしょ。

【己】偉いな。

【春夏】エヘヘ………。

【春夏】私勉学が好きなんだ。

【春夏】ご奉公があるんだけど………ケド、正二さまが特別に通わせてくれてるノ。

【己】………………。

 あの男………。
 妙に格式ぶってるだけでは無いのだな。

【己】良かったではないか。

【春夏】ウン。それにネ、あの書斎の本も読ませてくれるんだヨ。

【己】………………。

【己】ほう………其れは己も興味がある。

【春夏】ホント?

 その昔は、己があの洋扉の前に立つだけで、この屋敷の大人達は人が変ったように怒り出したものだ。

【己】………………。

 色んな意味でな。

【己】………………。

【春夏】一杯勉強して、一杯頑張って………。

【己】………………。

【春夏】私、何かになれるかな………。

【己】………………。

【己】………………。

【春夏】こんな私でも………何かに………。

【己】………………。

#画面ブラックアウト

 少し………疲れたな………。

;#疲れた以外で古い表現は無いか

 ………………。
 ………。

 ………………。
 ………。

 瞼が落ちる………。
 肢体から力が抜けて………天上の音楽と安楽が………。

 ………………。
 ………。

【春夏】総一郎さん………?

 ………………。
 ………。

【春夏】ねぇ、総一郎さんっでば………。

 黙れ……。
 女の声は頭に響いて堪らん………。

 ………………。
 ………。

 ………………。
 ………。

 ああ………。

 ………………。
 ………。

 己は………帰って来てしまったのだな………。




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