かごめかごめ物語(仮)公開版
〜〜〜偽りの訃報
#居間
【正二】………………。
【己】………………。
【正二】………………。
【己】………………。
【正二】………………。
【己】………………。
【己】何か言え莫迦。
【正二】一言目それかよ。
【己】………………。
【正二】………………。
【己】………………。
【正二】………………。
【己】家………継いだのか……。
【正二】………………。
【正二】ああ………。
【己】………………。
まあ、そうだろうな。
【正二】怒ってるか……?
【己】別に………。
【正二】………………。
【己】こっちから願い下げだったさ。
【正二】………………。
【正二】そっか………。
………………。
………。
………………。
………。
【正二】………………。
【正二】総、お前さ………。
【己】あ?
【正二】………いや、何でもない……。
【己】………………。
【己】そうか。
………………。
………。
………………。
………。
何だ、此の雰囲気は………。
此れでは埒が明かないではないか。
………………。
………。
ちっ………。
気に入らん。
気に入らない。
己がこんな奴の為に、感傷に浸るなんぞ断じて認めん。
【己】莫迦が………。
………………。
………。
………………。
………。
ふんっ……。
【己】正二。
【正二】あ……?
【己】………………。
【己】もし此れが貴様の狂言だとしたら、己はお前を撃ち殺して帰る。いいな?
【正二】んなっ、よくねーよっ!
【己】ふんっ………。
………………。
………。
………………。
………。
【己】………………。
部屋の柱に目を移す。
漆の塗られた艶のある木目肌。
所々剥げてはいるが、ずっしりと力強い姿は今も昔の侭だ。
【己】………………。
【己】つい先週のことだ。
【己】己は今、軍人をやっていてな………本来なら今頃、銃の柄で演習相手の頭をぶん殴ってる最中だ。
【正二】………………。
【正二】え、ええっと………それはとてもとてもヘビー極まるデスネ。
【己】………………。
【正二】………………。
【正二】………………。
【正二】………………。
【正二】で、あの………。あの、つかぬことをお聴きしますが、伍長殿。
【己】軍曹だ。
【正二】………………。
【正二】………………。
【正二】おたく、そんなら何で戻って来ちゃったりしてますの………?
【己】………………。
ぶちっ……!!
【己】貴様が呼んだんだろうがああああああっっ!!
愛用の『すたーりん』を渾身の勢いで奴のドタマに押し付けて、己は力一杯叫んだ。
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; すたーりん → ぶろうにんぐ → ブローニングM1910.32ACPモデル
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; 総一郎がシベリア戦争で、交戦した敵兵から鹵獲した小型自動拳銃。
; 全長151mm、重量570g。口径7.65mm、銃身長88mm、装填段数は7発。
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; 小型で質実なデザインで、服の下から取り出す折、極力引っ掛からないようにと露出物を極限まで減らしている。またその無骨さからか、日本軍の将校に大変愛された。
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; 第一次世界大戦の最初の目撃者となった銃としても有名。
; 何故ならこの銃は、サラエボ事件で狙撃犯のガブリロ・プリンチプが、其の暗殺に使用した銃だからである。
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【正二】ひゃああああっ?!ごめんっ、イヤっ撃たないでっ……!?
【正二】ちょっ、マジ止めてっ……ボクまだ死にたくないデスぅっ……?!
【己】………………。
【己】………………。
堅く、ゴツゴツした銃身が指先に馴染む。
【己】………………。
【己】………………。
【己】冗談だ。
【己】駐屯地を出る際に大尉殿にばれてな………弾は無い。
ほんの一瞬だけ、大尉殿の強い髭面が頭に浮かぶ。
【正二】うっ………はぁっはぁっ……お、おおお、脅かすなよっ!
【己】五月蝿い。このぐらいやらんと気が済まんのだ。
【正二】………………。
【正二】何でだよ………ったく……。
………………。
………。
【己】話が逸れたな。
【正二】お前さんが勝手に興奮しただけだろ………。
【己】………………。
【己】悪いな。
【正二】そう思ってるなら今後一切やめてください……。
【己】考えておこう。
【正二】頼む……。
………………。
………。
………………。
………。
【己】要するに貴様から手紙が来た。
【正二】………………。
【正二】え………。
予てより、蕎麦屋から懐に用意しておいた其れを、己は奴に押し付けた。
【己】ご丁寧にお前の署名と篁の家紋。差出場所も此処、篁町ときている。疑いようも無い。
【正二】………………。
また気づけば正二の顔は厳格な地主の顔に戻っていた。
………………。
其れはそうか。
そもそも誰が、何の意図でこんな物を正二と偽って送り付けて来たのか。
考えれば考える程妖しい。きな臭い。
何か己と正二の預かり知らぬ所で、謀が蠢いているようで………不安に背中を、薄ら寒い物が何度も通り過ぎる。
正二は食い入るように手紙に張り付いて………。
………………。
………。
………………。
………。
何だ?
何をそんなにこの男は驚いているのか。
【正二】此れは………何の冗談だ………?
【己】知るか。
こっちが聞きたいぐらいだ。
【正二】………………。
【正二】………………。
【己】………………。
【己】叔父上は息災か?
【正二】………………。
【正二】ああ、元気だよ………。
少し遅れて、力無い声で正二は答える。
【正二】………………。
【正二】そろそろ山女魚でも釣り上げて、ほくほく顔で戻ってくる時分だろうさ。
【己】………そう云えば釣りの好きな御仁だったな。
【正二】………………。
【己】おい。
人が折角抑揚を柔らかくして、懐かしんでやったというのに、正二の奴は何の感慨も表さない。
【正二】………え、ああ………どうした……。
【己】………………。
【己】何でも無いさ。
全くどうかしている。
そっと静かにかぶりを振って、其れからゆっくりと横目で、見事な万緑の庭園を眺めた。
夕暮れ前の妙に心寂しい夏の陽射しを浴びて、ひっそりと佇んでいる。
………………。
………。
此れは若しや何かあるのかな。
何事か皆目検討も付かんが………用心しておいて損は無いかもしれん。
………………。
………。
全く、帰って来るべきでは無かったものだ。
………………。
………。
ああ、申し訳ない。大尉殿………。
矢張り貴方の好意に甘えるべきでは無かったようだ………。
………………。
………。
【俺】正二。
【正二】………………。
【己】………………。
【正二】………………。
やれやれ………。
今は何を云っても無駄か………。
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