かごめかごめ物語(仮)公開版



〜〜〜蔦




#前庭

 それはそうだ。
 此の郷愁も、此の嫌悪も………仕方の無いものに決まっている。

 見渡せば良く馴染む、前庭の石畳。無数に散りばめられた清廉な白石。
 そっと踏み均せば小石の硬い音を響かせて、その妖しい白い顔で己を嘲笑う。
 こうも広いというのに、人影一つ無い。

 ………………。
 ………。

 不愉快だ。
 忌々しいあの記憶と、郷愁が交錯して………今にも目が眩んで膝をついてしまいそうだ……。

 ………………。
 ………。

 少し寝て、疲れは随分と緩和された気もしたのに、如何にも此の屋敷に居ると心が休まらない。

 まるで毒と薬をまとめて盛られているかのようだ。
 其れこそさらに残酷な仕打ちだというのに、記憶を通り過ぎる救いは、とかく無遠慮だ。

 ………………。
 ………。

 ………………。
 ………。

 ふん………。

 ………………。
 ………。

 そう、だな………。

 ………………。
 ………。

#総一郎、表情憂い

【己】………っ!?

 ………………。
 ………。

#総一郎、眼鏡直し

 ………そう、か……。
 そうだったな………。

 ………………。
 ………。

 此れは―――如何いった拍子なのだろう………。

 ………………。
 ………。

 不意に、思い出してしまった。
 あの安らかな、遠い日の記憶を。

 ………………。
 ………。

 自分はこんな些細な事も忘れていたのか。
 抑圧されていた思い出は花開いて、不意に目頭を熱くさせる望春が己を覆い尽くす。

 ………………。
 ………。

 甘い記憶。
 何も知らぬが故に………全てが安らかだった、あの頃の………。

 ………………。
 ………。

【己】………………。

【己】………………。

 確か………あっちだったはず………。
 気づけば白昼夢に魘された浮浪者のように、よろよろと己の足はあの場所へと誘われた。

#裏庭

【己】………………。

 ………………。
 ………。

 ………っ。

 そうだ……。

 けれどまた不意に過ぎった物思いが、己に多々良を踏ませた。

 行って如何する………。

 ………………。
 ………。

 行って………どうする………。

 ………………。
 ………。

 止めよう。
 今さら………何にもなりはしない。
 もうあの日々は帰って来はしないのだ。

 ………………。
 ………。

 沈んだ目線。
 庭の苔生した岩に、ほっそりと蔦が絡み付いている。

【己】………………。

【己】………………。

 っ………。

 如何してだろう………。
 胸が、酷く痛む………。

 苦しい………。
 狂おしい………。

 頭が………変に……なるっ………。

 ………………。
 ………。

【己】己は………。

【己】………………。

【己】………………。

 蔦………。
 そう、蔦……。

【己】………………。

 ………………。
 ………。

 何を考えている………。
 頭と思考を振り払った。

 何にもなりはしない。
 何にもなりはしないのだ。

 己は総一郎。
 篁の総一郎などではない。

 ………………。
 ………。

 己は………そうだ。

 己は三島第76歩兵連隊所属、陸軍の総一郎だ。
 大尉殿の信頼めでたく、今は分隊長としての仕事を預かる身。
 欠員はまだ埋まらぬが、己にはやるべき事がある………。

 そう、篁家とは………もう何の関係も無い……。

【己】………………。

 ………………。
 ………。

 辺りを見回した。
 何でも良い。余計な事を考えてしまうより先に、何か気を紛らわすものを………。
 何か………。

【己】………………。

 あれ……。

 ………………。
 ………。

 幸いだった。
 その違和感は無事、己の思考を押し留めてくれた。

 ………………。
 ………。

 蔵。
 見覚えがある。
 篁の裏庭には蔵がある。

 その蔵が………。

【己】………………。

 開いている……。

 あの蔵は篁の家宝や、その他後ろ暗い物が眠っているとかで、一時も開放されたことなんて無かった筈なのだが………。

 開いている。
 確かに開いている。

 ………………。
 ………。

 そして………。

 ………………。
 ………。

 何かが妙だ。
 記憶と情景が、ごく微妙に不一致する。

 此の10年の不在の間に、何かあったのだろうか。

 ………………。
 ………。

 あ………。

 風が少し強くなったかな―――そう何と無しに心に思ったとき、蔵の高い高い窓から何か布切れが閃いた。

 ………………。
 ………。

 ………………。
 ………。

 風に遊ばれて、それはあられも無く己の視界に晒された。

 あれは………。
 あれは、そう布仕切り(カーテン)だ。

 ………………。
 ………。

 真坂。真坂彼処に、人が暮して居るのか………?

 ………………。
 ………。

【己】正二。

【己】………………。

【己】叔父上。此れはどういうことだ……?

 ………………。
 ………。

【己】………………。

 何もかもが妖しい。
 此の突然の訃報。
 封印を開け放たれた蔵。

 何かが………己の背後で蠢いているようで………。

【己】………………。

【己】………………。

 やれやれ………。
 此れは念の為、叔父上には家督に興味無しと、伝えておくべきかな………。

 厄介者の己を呼び出して、誰に何の意図があるかは判らんが………。
 まあ、用心に越した事は無い。

 ………………。
 ………。

 ………………。
 ………。

 興が削がれたな。
 場所を移すか………。




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