かごめかごめ物語(仮)公開版



〜〜〜仄暗い山道に菫色が落ちて



―――それから十数分後、夕刻前

 ………………。
 ………。
 ………………。
 ………。

 忘れられよう筈が無いではないか。

 ………………。
 ………。


 遥か遠き幼少より此の身に焼き付く彼の光景。
 己を虫食み、幾度も幾度も繰り返し闇に引き込もうとしたその姿。
 夢に現れ、ふとした望郷に立ち塞がり、相似した場所と出会う度に己を惹き込んだ彼の場所。


 ………………。
 ………。

 それが今―――
 再び己の前に現れて………無慈悲に記憶とその姿を一致させる。

 遠く高く伸び行く岩造りの階段。奥へと進むたびに木々と暗闇の海に飲み込まれてゆく。
 入り口には現世と他界を隔てるように、色褪せた朱色の鳥居がある。

 意を決してそれを潜ると何かの膜の中に入ったかのような感覚。
 今まで感じていた全ての気配がガラリと姿を変えて、クスリクスリと己をささめき笑う。

 薄暗く幽涼とした世界。

 ………………。
 ………。

 八重子の案内に従って商店街を抜けて山沿いの道へ。
 埃っぽいその道をまた少し南に上ると一見して趣の違う山道を見つけることが出来る。
 人を拒む特異なそれが………篁家邸宅へと唯一繋がるこの場所だ。

 ………木々の合間から除き見た空は徐々に日暮れを迎えつつある。
 少し急ごう。

 ………………。
 ………。

 二つ目の鳥居を潜ると一回り辺りの気配が昏くなったような気がする。
 山鳥とヒグラシの声が五月蝿いぐらいに木霊して聴覚を圧迫した。

 やけに自分の足音が響いて聞こえる。
 時折凪ぐ風はひんやりと汗ばんだ肌を乾かしてくれた。
 一息入れてまた歩みを戻す。


 あれ………

 どれくらい登っただろう。
 そう思って坂の彼方を仰ぎ見ると何かヒラヒラしたものがはためいた。
 夕暮れ前の曖昧な陽射しを遮る木々の青褪めた姿。
 冷たい灰色の岩と湿った土の模様の中に、一点だけ菫色が落ちている。

 不審な感じはしない。むしろ不思議と目を惹かれる。

 ………………。
 あれは………人、か?

 近づくにつれてその曖昧な輪郭は繋がりゆき人の像を結んだ。
 人だ。菫色の服を着た女が見える。

【己】よう。

 女が己に気づく様子は無かった。
 それはその傍らまで登り詰めてからも同じで、仕方無く己は声を掛ける。

 ―――返事は無い。

【己】何してんだ?

 妙な小娘だ。歳はまだ16、17程度か。
 瞳を閉ざして心地良さそうに凛と空を仰ぎ見ている。

 何が在ると云うのだろう。
 その彼方を追い掛けても映るのは鬱蒼と茂る木々の支脈と幽かな空だけだ。

【己】聞こえて無いのか?

 ………………。
 ………その様だな。

【己】おーい、小娘。返事しろ。

 ………………。
 ………。

【己】おーい。

 ………………。

【己】返事しなきゃ変な悪戯するぞ?

 ………………。

【己】いいんだな?己はやると言ったら本当にやるぞ?

 ………………。

【己】………………。

 ちっ………あんま女相手に大声出すのは好きじゃないんだが……。

【己】おい、起きろ!こんなとこでボーっと突っ立ってると蚊に刺されるぞ!

 ………………。
 ………。

 駄目か……。
 もしかして己、コイツに無視され――――――!

 ゆっくりと。
 ゆっくりと小娘の瞳が三日月を描いて己を見た。

 やがてまあるくなった瞳は己へと向き直る。

【小娘】………………。
【小娘】………。

 無言。

【己】………よう。

【小娘】………………。
【小娘】………。

 無言。
 ………何なんだコイツは。
 変な奴だなぁ。

【小娘】う。

【己】―――う?

【小娘】う……う……う………牛鍋。

【己】………………。

【己】べ?

【小娘】うん。

【己】べ……べ……べ………鼈甲飴。

【小娘】………………。

【小娘】め?

【己】うん。

【小娘】め……め……め………メザシ。

【己】しかぁ。

【己】し……し……し………鹿肉。

【小娘】………鯨肉。

【己】く、く、く………熊肉。

【小娘】くちなわ肉。

【己】くっ、くちなわぁ!?

【小娘】蛇の肉………生臭い。

【己】………ああ、『くちなわ』ね。

【小娘】うん。

【己】く………く、く、く、くぅ………くかぁ。

【己】う〜〜〜むぅ………。

【小娘】ギブアップ?

【己】ちょっ!ちょっと待ってくれ!

【小娘】うん。

【己】く〜〜〜〜!!くっ!く!く!くだ!

【小娘】やっぱりギブアップ?

【己】後ちょっと!ちょっとだけ待って!

【小娘】うん。

 く………く、く、く、くかぁ……。

 ………………。
 ………。

 ………………。
 ………。

 ―――って。

【己】………………。
【己】………おい、小娘。

【小娘】………ん?

【己】何で己達―――尻取りなんかしてるんだ?

【小娘】………………。
【小娘】………さあ?

【己】………………。

【小娘】………………。

【己】………………。

【小娘】………………。

【己】お前、此処ん家の人?

【小娘】ま、そんなトコ。

【己】そっか………。

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#インデックス#春夏との出会い#
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・見る

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 ・小娘

#小娘1

 性格同様かなり特徴的な身なりをしている。
 先ず最初に目を惹かれてしまうのはその服装だろう。
 こんな片田舎に珍しく洋装をしている。

 綺麗な菫色のワンピースからすらりと伸びる白い柔肌は瑞々しくて、何だか眩しい。

【小娘】エッチ♪

【己】なっ!?ちっ違う、断じて違う!決して淫らな視線でお前を見てなんかいないぞっっ!!

【小娘】………………。

【小娘】エヘヘーお兄さんって正直者ダネー。

【己】違うと言っておろうがっ!

【小娘】ハイハイ、ふふふんっ♪

【己】お、おのれ………

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#小娘2

 次に目に付いたのはその髪の色だった。
 これもまた国内では珍しい、綺麗な栗毛の少女だ。

 ………………。
 ………。

 彼女は己の好奇の視線に臆することも無くにこりと笑った。

【己】………………………ふん。

 こんな時代だ。少し加護欲を誘う。

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#小娘3

 最後にモガ。所謂ボブカットのことだ。
 このファッションは残念ながら………世間じゃ慎みが無いやら不良やら、散々非難される機会が多い。
 如何やら男どもは女が自立してゆく姿がお気にめさないらしいな。

 まあ己は別に嫌いじゃない。
 実際、栗毛の彼女にはよく似合っていると思う。
 むしろ古臭い日本よりの髪型は彼女には似合わない。

 ………………。
 ………。

 そう考えると色々迷ったのかもな、此の子も。

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 ・辺り

 朽ちかけた祠がある。
 小さな社を模ったケヤキ製の造り。
 所々何者かによって意図的に破壊された痕跡がある。

 ………………。
 これも神仏分離令の余波か。
 新時代に入ったとはいえ、随分と罰当たりな事をするやつもいたものだ。

 社を模るあたり系統としては神道寄りだろう。
 しかしまあ、それ以外はよく判らんな。

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・話す

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 ・世間話

【小娘】うりうり〜〜♪

【己】な、何をする……!

 理由はよく分からんが小娘に頬っぺたを突っ突かれた。

【小娘】いや、何となく柔らかそうだったから。

【小娘】あとお兄さんの困る顔が見たかったのデス。てへへー。

【己】変な奴だ。

【己】………っておい、いい加減その指を離せ!

【小娘】イヤン☆

【己】イヤンじゃねぇぇぇ!

 逃れようと後ずさっても間髪入れず伸び迫る小娘の指。
 何度も何度もそれはもうしつこく頬を突付き回して来るので喋り難い………というかむしろ痛い。歯茎の健康によろしくない。

 あんまり鬱陶しいのでその腕を跳ね除けた。

【小娘】んーー♪いいねいいねお兄さん、じゃあもっと大胆になってみようか。

【己】お前は三流ポルノカメラマンかよっっ!

 反省する様子は全くと言って無い。
 もっと乱暴に腕を跳ね除けるべきだったろうか。

【小娘】うりうり〜〜♪

【己】ええ〜〜いしつこいっっ!!

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 ・寝ていた理由

#寝ていた理由1

【己】そういや。

【小娘】ん?

【己】何であんなとこで寝てたんだ?

【小娘】寝てたって………誰が?

 さも不思議そうに己を見返す。

【己】誰がって………そりゃお前だよ。

【小娘】え、私?

【己】おう。

【小娘】………………。

【小娘】………いやいや、寝てなんかいないでゲスよ。

【己】お前は何処の出身だ。

【小娘】………うーん、寝てないんだけどナ。

【己】ほう、じゃあ己の声が聞こえてたんだな?

【小娘】ううん、聞こえなかったヨ。

【己】………………。
【己】………ほう。

【小娘】う……う……う………牛鍋。

【己】べ?

【小娘】うん。

【己】べ、べ、べ………鼈甲飴。

【小娘】め?

【己】うん。

【己】………じゃ、ねえぇ!何で尻取りになってるんだよ!

【小娘】さあ?

 あ、頭が………頭が痛いよママン。

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#寝ていた理由2

【己】………ま、まあそれは良しとしよう。したくも無いが。

【己】何してたんだ、彼処で?

【小娘】んーー。

【小娘】………………。

 己の顔を覗いて少し考える素振りを見せる。

 人には言えないことなのか?
 だとしたら少し厚かましい質問だったか。
 謝ろうと声を上げようすると小娘がニコリと無邪気に笑う。

【小娘】ときどきネ、ときどきとてもとても綺麗な音が聞こえてくるんだ。

【小娘】どこかで聞いたことがあるんだけど、でもよくわからない。

【小娘】けどとっても綺麗な音なんだ。

【小娘】その音を聞いていると何だか感じたことの無いような感覚に囚われて………それが素敵ナノ。

【己】………………。

【己】ふぅん………。

 妙な話だな。まあそれだけ面白そうなものでもあるが。

 ………………。

 音か………ならばいったいどんな音色だというのだろう。

【己】どんな音なんだ?

【小娘】不思議な音。

【己】答えになってないぜ。

【小娘】知ってるヨ。

【己】………………。

【小娘】私、お兄さんの困った顔見るの好きカモ。

そんな無邪気な顔で言われてもな………。

【己】………ほどほどにしとけ。

【小娘】うん。

 コイツはアレだな。
 極々稀にいるタイプだ。

 ………………。

 そいつらは如何いうわけか人を困らせる事を無上の喜びとしている。
 必要とあらばその為に多大な労力を消費することも厭わない。
 そして何より始末が悪い事に、どいつもこいつも……悪意が全くといって無い。

【小娘】どうしたの?

 ………間違いない。
 コイツはそういうタイプだ。

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#寝ていた理由3

【己】で、その綺麗な音はいつ聞こえて来るんだ?

【小娘】さあ?

【己】ならいつ聞こえた?

【小娘】さあ?

【己】………………。

【己】おい!

【小娘】怒らないデヨ。

【己】お前は少しは人の話を聞く気があるのか……。

【小娘】お兄さんの怒った顔見るの楽しいヨ。

【己】はぁ………お前なぁ。

【小娘】だってそれってお兄さんがやさしい人だってことだし。怒っててもやさしい顔って面白いよね。

 ………………。
 もうヤダこいつ……。

【己】己はそんなんじゃない。

【小娘】そうかな………。

【己】そうだ。

【小娘】そうかな。

【己】そうだ。

【小娘】そうかな。

【己】………………。

【己】………………。

【小娘】………くすっ。

【小娘】お兄さんさ。名前なんて――

 チリン……

 リーンリーン……
 リーン………

 不意に何処からともなく、風鈴の音が辺りに満ち響いた。
 そしてほんの数回だけ硝子の音を響かせて、忽ち静寂の中に消え去ってしまう。

【小娘】ときどきネ、ときどきとてもとても綺麗な音が聞こえてくるんだ。

【小娘】どこかで聞いたことがあるんだけど、でもよくわからない。

【小娘】けどとっても綺麗な音なんだ。

【小娘】その音を聞いていると何だか感じたことの無いような感覚に囚われて………それが素敵ナノ。

 彼女の言葉が甦る。

【小娘】どこかで聞いたことがあるんだけど、でもよくわからない。

【小娘】その音を聞いていると何だか感じたことの無いような感覚に囚われて………それが素敵ナノ。

 そう言っていた彼女の気持ちが今になって分かった。

 何処かで聞いたことがある。けれどよく分からない。
 ただの風鈴の音の筈だけれど、心の其処までその音色は響き渡ってしまった。
 消えた筈の音色は今も己の心の中で反響を続けている。

 そして聞いたことのない音。
 風鈴なのだから聞き覚えが無いなんて普通在り得ない。
 それなのに己は、己も、この音色を一度も聞いたことが無いと感じている。

 既知の物事でありながら未知の物事として感じてしまっている。

 此れは何なのだろう。
 こんな音色今までに一度も聞いたことがなかった。
 ただの風鈴の筈なのにどうして此処まで心に残る?

 どうしてこんなにも………

【己】………………。

【己】………………………。

【小娘】ネ?ほんとデショ。

【己】………………。

【己】………ああ。

【小娘】綺麗だったヨネ。

【己】………ああ。

【小娘】………不思議だよネ。

【己】………………。

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・考える

 ・小娘について

 変な奴だ。
 そして何時の間にか彼女にの遊びに付き合わされてしまった。

 ………………。
 ………。

 だがよく笑う。
 まあ、なかなかかわいいかもな。

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 ・セミの声

 如何云ったものか。
 至極面妖なものだと思う。

 初めの内は喧しい。よってたかって集まって、金切り声で大騒ぎをするのだから。

 けれど………けれど此れは如何ともし難い。
 あの声には何か特別な魔術でも掛かっているのか。気づけば己は奴等に騙し込まれて、声に慣れてしまう。

 そうして次第に、奴等が叫んでいる事すら気づけなくなってゆく。
 その魔術が生み出す空漠荒涼とした空間に、己の頑是無い自我はたちどころに侵食されていって………。

 己は我を失う。
 自他の境界は消失し、己は何処にも居なくなってしまう。

 ………………。
 ………。

 此れは僧侶どもが説法する、あの梵我一如という思想に近しいものなのだろうか。

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 ・階段

 まだ遥か頭上に続いている。
 目的の邸宅は未だ影も見えない。

 足元の岩は所々苔生して危なっかしかったが、まあ良い。その深緑の味わいはなかなか寂が利いてて悪く無かった。

 ……それとは逆に、いや逆にはならんか。

 後ろを振り返るとそのあまりの坂の傾斜に目が眩む。
 見事なまでに坂は一直線に伸びていて、その果てに白い外界の輝きが見える。
 その道なりは何処までも何処までも遥か彼方に堕ちてゆくようだ。

 織り成す岩波は距離感を喪失させ、何処がどの辺りなのか、自分がどれだけ登って来たのか、その光景から推し量ることは出来ない。

 この姿を何と云っただろうか。

 確か―――

 ………………。
 ………。

 ………………。
 ………。

 そう。
 ―――まるで奈落だ。

 彼のイザナギが、亡き彼の妻を求め生きしままという下ったという伝説の―――黄泉津比良坂の様だ。

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#インデックス#春夏との出会い終了#
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【己】ところで―――

【小娘】ん?

【己】ご当主殿はご在宅かな?

【小娘】………………。

【小娘】………あははっ☆何かその言い方似合わないヨ。

 少しだけ訝しむ様子を見せたかと思ったら、今度はそれはもう無邪気に笑う。
 失敬な。自覚しておるわ。

【己】天下平等の気風が昂まっているとはいえ、ここはまだ片田舎。慎重に越したことはないさ。正直己も面倒な話だとは思うが。

【小娘】………………。

【小娘】………そだネ。

 何か思い当たることがあったのか、小娘はほんの少しだけ肩と声のトーンを落とした。
 意外だな。

【己】どうかしたのか?

【小娘】イヤイヤ、何でもないヨ。

【己】何でもないってお前………

【小娘】秘密の数だけ乙女は「みすてぃりあす」になるのサ、ふふんっ。

 ………………。
 変なヤツ……。

【己】とにかく当主に会いたい、案内を頼めないか。

【小娘】ふーん……わかった、いいよ。

【己】助かる。

【小娘】うん、じゃいこっか。

 そう言って是非も問わず小娘はぽんぽんぽんっと、身軽に階段を駆け上ってゆく。
 あっと言う間にどんどん奥へ奥へと飛び上がってゆくその姿に、慌てて己もそれを追いかけた。





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