Made of だんぼーる



〜〜〜散歩



〜〜〜散歩



 苔むした肌を撫でた。
 ボソボソとした感触が指先に流れる。
 木々と苔のやさしい香り。
 いつもの倒木に腰掛けてゆっくりと瞳を閉じた。

 ・・・どこか遠くでツクツクボウシが鳴いている。
 忙しない。
 何故そんなに急ぐんだろう。
 私の時間はゆっくりで、セミの時間はとても早い。
 私達は同じ時間を生きてないんだな・・・・・・そんなふうに思う。

 風の音。木々のサザナミ。野鳥の鳴き声。

 ・・・・・・静かだ。
 ちゃぷちゃぷと川のセセラギが頭の中に波紋してゆく・・・そんな感覚。
 私はどこまで溶け込むことができるのだろう。
 どこまでこの世界に自分を溶かし込むことができるだろうか。

 ありのままに振舞って、ありのままに生きる。
 ただ世界からの言葉に時には耳を傾けて・・・
 その時は素直に世界に溶けてしまえばいい。

 私は人間だから・・・
 常に耳を傾けていられない。
 きっとそれが私の限界。
 溶け込むことのできる絶対的な境界線。限界。

パキ・・・

 どこからか木の枝を踏み折る音が聞こえたような気がする。
 誰だろう。
 陽司じゃない気がする。
 陽司じゃないけど・・・悪い感じはしない。

 なんだろう・・・。
 子供・・・?

 ・・・・・・違う。
 あったかい。あったかい心の匂い。
 ・・・・・・誰だろう。不思議な人だ。
 近づいてくる。

【男の声】やあ。

 瞳を開けた。

【月子】やあ。

 そこに居たのは不精ヒゲのやさしい表情をした大人。
 感覚より見た目が年老いていて少し驚いた。

【茂】僕は加持茂。よろしく。

 茂と名乗ったその大人はニコリと微笑んだ。

【月子】・・・・・・私は月子。・・・よろしく。

 何だろう。
 少し惹かれる。

【茂】何してるんだい?

【月子】・・・・・・耳を傾けてた。

【茂】耳を?

【月子】世界を・・・感じてた。

【茂】・・・・・・なるほど。良い趣味だね。

 ・・・・・・趣味。
 良い趣味。
 少し嬉しい。

【月子】ありがとう。

【茂】いえいえ。

 またニコリと笑った。
 面白い人。

【月子】アナタは何してるの・・・?

【茂】やだなあ、シゲちゃんって呼んでよ。

【月子】・・・・・・わかった。シゲちゃんは何してるの?

【茂】何だと思う。

【月子】・・・・・・普通に考えたら・・・怪しい、シゲちゃん。

【茂】まあ、そうだろうね。

【月子】けど・・・悪い感じしない。シゲちゃんは良い人だと思う。

【茂】驚いた。本当にここは驚きばかりだ。

 そう言いながら嬉しそうにシゲちゃんは微笑む。

【茂】ありがとう。実は僕、キミを探してたんだ。

【月子】どうして?

【茂】ほらコレ。

 その背中に背負ったリュックサックから、何かペン状の物と丸くて平たい変な物を取り出す。

【茂】プレゼント。あげる。

 口紅とパウダーケース。化粧品だ。

【茂】これで陽司くんを喜ばしてあげてよ。

【月子】・・・・・・・・・・・・。

 陽司のことを知っている。
 何でだろう。
 けど・・・化粧品。
 ・・・・・・・・・陽司、喜ぶかな・・・。

 悪意とかは感じない。

【月子】どうして・・・?

【茂】どうして私にこんなものくれるの・・・だね。

【茂】・・・・・・・・率直に言うよ。キミ達の後をつけたんだ。そしてキミらは秘密基地を作ってた。こんな不思議な世界で。

【茂】それに感動したんだ。だから仲間に入れて欲しい。それだけだよ。

 少しだけその表情を緊張させて、茂さんはそう告げた。

【月子】・・・・・・そう。

 私はこの人が好きだ。
 陽司みたいに正直な人。
 大人で、なんだか頼もしい。

 陽司と私はまだ子供だ。
 どんなに頑張ったって、できることとできないことの限界がある。
 お金だって現実にかなり厳しくなってきてるし・・・

 ・・・・・・それに。
 陽司の大人恐怖症・・・みたいな、それに似たもの。
 この人ならそれを治せるかもしれない。
 陽司のためを思うなら・・・
 二人っきりもいいけど、この人も嫌いじゃない。

【月子】いいよ。

【茂】えっ本当かい!?

 子供みたいにその顔が歓喜に歪んだ。
 こんなふうに喜ばれると、悪い気がしない。

【月子】うん・・・。今日からシゲちゃんは私達の仲間。

【茂】いやっほうっっ!いやっったっ!いえあ〜〜〜!

 変な人。
 ガッツポーズで飛んだり。突然、反復横飛びを始めたり。その場でグルグル回ってビシっと止まって親指立てて・・・
 その他もろもろ。

【月子】・・・・・・けど。

【茂】・・・けど?

【月子】陽司にはやさしく接してあげて。あの子、大人が嫌いだから。

【茂】・・・・・・ああ。わかってる。けど根は良いヤツだろ。

【月子】・・・・・・当然。

【茂】んじゃ任せろ。陽司くんがノイローゼになるくらいやさしくしてやる。

【月子】それは・・・・・・愉快?

【茂】おっ、わかるねえ月子ちゃん。

【月子】・・・当然。期待してる。

【茂】まっかせなさい。

 ニヤリと笑う。
 私も笑っていた。

【茂】・・・・・・ま、ということで。まだ二人にプレゼントがあるんだ。

【茂】午後2時ごろかな。そのくらいに二人で風見神社に来てくれない?

【月子】・・・わかった。

【茂】結構荷物になるかもだから、覚悟よろしく。

 シゲちゃんはまたビシっと親指を立てた。
 変な人だ。

【月子】うん。

【茂】うむっ。・・・さて、ほいじゃま、ちょっくらその準備に戻るわ。

【月子】そう・・・。

【茂】また後でな。

【月子】うん。

 テンションそのままでシゲちゃんは私達の秘密基地を迂回するように山を駆け下りていった。

【シゲちゃんの声】うおぉぉぉ痛たたたっっ!木に突っ込んじまった!え、枝がっ!枝が刺さるぅっっ!

 ・・・・・・そっか。
 納得できた。
 シゲちゃんの気配が子供みたいだったワケが。
 見た目はオジさんだけど、子供みたいな人だ。

 ・・・・・・陽司と仲良くなって欲しい。


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