かごめかごめ物語(仮)公開版



〜〜〜沙耶




#前庭

【声】きゃっ……!

 ん………?
 はて、今何かにぶつかったような。

 辺りを見回す。
 妙だな、何も無い。

【己】………………。

 気の所為か。

【声】むぎゅぅっ……!

【己】………………。

 はて?
 声はすれと姿は見えず。

【声】痛っ……痛いっ………もうっ、痛いってばっ!踏むなぁっ!

【己】………………。

 ん………蒟蒻……?
 足元を見る。

【己】………………。

【己】………………。

 女と視線がかち合った。
 気の所為か、心なしかその目尻は険しい。

【己】何をそんな所で寝ている。

【女】っ………!

【己】誰かに踏まれるぞ。

【女】っっ〜〜〜!

【己】………………。

 しかし、此の蒟蒻は中々柔らかい。
 ぐりぐりぐりぐり………。

【女】ぶちっ……!

 ガスッッ……!!

【己】痛っっっ〜〜〜ってえええええっ!何しやがる此の雌餓鬼っ!

【女】ふんっ………。

【己】くっ………痛くない………痛くないぞ、すたーりん………。

【己】己は今痛くない………ふぅふぅ………。

【女】バーカ。

【己】………………。

 し、躾のなってない餓鬼だ………。

【己】口の悪い雌餓鬼だな。

【女】謝れ。

【己】あ?

【女】謝れよ。すごく痛かった。袴だってお気に入りだったのに………もう……。

【己】………………。

 よく見れば女はまこと奇麗な色合いの、いわゆる矢絣袴を着込んでいた。
 そしてしっかりと裏庭の土で汚れた己の軍靴が、べっとりと鮮やかな足型を描く。

【己】あ、すまん。

【女】………………。

【己】………………。

 女は怒っている。
 というより、お気に入りの着物を汚され………半分もうしょ気ているように見えなくも無い。

【己】いや………その………悪い……。

【女】………………。

 反応は無い。

 ………………。
 ………。

 困った。
 此れは………う、ううむ………どうすれば………。

【己】悪かった、すまない。

【己】………………。

【己】機嫌を直せ。

【女】………………。

 しょ気て俯いていた女の視線が、上目遣いで俺を見上げる。

【女】アンタ誰?

【己】お前こそ誰だ。

【女】お前、僕を踏んだだろ。だからお前から名乗れよ。

【己】断る。何か尺に障るゆえ。すたーりんもそう云ってる。

【女】何だよそれっ!お前僕をバカにしてるだろっ!

【己】其れは無い。むしろファンファン大佐に謝れ。

【女】してるっ!

【己】してない。

【女】してるっっ!

【己】してないと言っておろうが。

【女】ううう〜〜〜!

 女はわからん。
 随分と怒っている。

【己】すまない、何とか落ち着いて貰えないだろうか。

【女】ぶちぃっ……!こっ、この………あっ、あうっ……!

【己】………!

#イベント絵 お姫様だっこ

 女は立ち上がろうとして足を崩した。
 咄嗟に己は彼女の身体に支え掛かって、まあ、体勢が覚束無いので一思いに抱き上げてしまった。

【女】いたた………ううっ、足挫いちゃったのかな………。

【己】其れは良くない。大丈夫か?

【女】うん………。

【女】………………。

【女】………………。

 さっきまで怒り散らしてたとは思えないくらい、素直な表情だ。
 それに軽い。
 女子供というのは、こんなに軽いのか。

 ………………。
 ………。

 もう一度良く見れば顔立ちも些か幼く見える。
 幾つぐらいだろうか。成人しているようには見えない。

【己】どうした。

【女】………………。

【己】………………。

 変な奴だ。

【己】………………。

【己】ん、お前怪我をしてるぞ?

【女】えっ………。

 何かの拍子で袴が捲れ上がってしまったのか。
 女の片膝に血が滲んでいた。

【己】此れは痛いだろう………すまない……。

【己】どうだ、大丈夫か……?

#差分、恍惚

【女】ぁ………。

【己】………?

【女】………………。

【女】ぁぁ………ぁ………。

【己】………どうした?

【女】ぁ………ぁぁ……ぁ………。

【己】お、おい………?

 女の瞳がまん丸に広がって、食い入るように己の膝を凝視する。

【女】………………。

【女】へ、へへ………。

【己】どうした……?

【女】………………。

【女】へへへ………。

【女】血が、出ちゃった………。

 恍惚に溜息を吐くように、甘ったるい声色で女は呟いた。

【女】えへへ………血が………うふふ………。

【女】僕の血………。

【女】僕の………僕の……血………。

【己】………………。

 女は己の患部しか見ていない。
 月のように瞳を真円に丸めて、恍惚に魘されたように表情を火照らせて、少し日に焼けた肌に咲いた傷跡を、まるで恋しい思い人を見つめるかのように放さない。

 何かいとおしくていとおしくて、堪らないものを見るかのように、じっとじっと………瞬き一つさせない。

【己】………………。

 良く判らんが、仕方ない。
 処置をしない訳にもいかないだろう。

【女】えっ………。

 赤く滲んだ其処に唇を這わせた。

【女】んっ……んううっ……!

 舌を添わせて、やさしく気づかいながら傷口を舐め取ってやった。
 ビクリと女の身体が震えて、硬く強張る。

【女】う、うぁぁっ……!

【己】悪い、染みるか。けど少しだけ我慢をしてくれ。

 相当に染みるようだ。女の爪先が己の背中を抉る。
 けど何故だろう、不思議と痛みは感じなかった。

【女】っ……ぁっ………ぁ……!

【己】困ったな………傷に砂が入っている………。

【己】悪い風が入るといけない。もう少しだけ我慢してくれ………。

 可哀想だけれど、舌先を立てて傷跡を掘り返した。
 ジャリ………っと、口の中に入り込んだ砂が歯に当る。

【女】うっ……ぁぁっ………う、うっくっ……はぁ……はぁ………。

【女】や、やめ………て………。

【女】あ、頭………頭変になる………や、やめ……ぁっ、ぁぁぁっ……!

【己】痛かったろうな………すまない………。

【女】僕の血………ぁぁ………ぼ、僕の……血………。

【女】痛っ………痛いよ………僕の、僕の血………。

 ………………。
 ………。

 ………………。
 ………。

 ………………………。
 ………………。

#吸出し終わり

【己】ふぅ………此れで良し。

【女】ぁ………ぁぁ………ぼく……僕の………血………。

【己】もう痛くしないから大丈夫だ。

【女】ぁぁぁ………ぁ………。

【己】………………。

【己】おい、どうした?

 女の顔が赤い。
 耳まで真っ赤に火照って、恍惚に蕩けたまま天に向かって放心して………大丈夫だろうか。

【己】おい………?

【女】………………。

【女】………………。

 反応は無い。

【己】………………。

 其れはそうと味覚がまた血の味だ。
 何度唾液で口の中を濯いでみても、彼女の血の味が頭から抜けない。
 頭が少しぼやけて、長旅で熱でも出してしまったのだろうか。

 ………………。
 ………。

 ………………。
 ………。

【女】ぁ………。

【女】………………。

【女】………………。

【女】………っ!?

【己】お、やっと正気に戻っ………へぶらぁっ!!

 彼女の片膝。
 恐らく片膝が、何の通達も兆しも無しに己の顎に突き刺さった。

【己】な、何をす………うおおっ、な、何をするっ、こ、こらっっ!!

 折角人が抱き上げてやっているというのに、途端に暴れ始めた。
 其れだけならまだしも、いぶし銀のその片膝は目にも止まらぬ連続攻撃を仕掛けて来る。

【女】バカっ!バカっ!バカバカっ!このバカぁぁっ!

【己】や、止めなさいっ、や、止めっ、や、止めてっ……へぶらっ!

【女】死んじゃえっ!死んじゃえっ!お前なんか死んじゃえっ!

【己】ぐ、ぐふ………は、話し合おうっ、な……?!

【女】離してよっ!

【己】わ、わか―――ごふっ……!

#イベント絵終わり

 最後に一番強烈な膝蹴りをお見舞いして、彼女は己から飛び降りた。

【女】このケダモノっ!ヘンタイっ!バカ!眼鏡っ、死んじゃえっっ!

【己】な………何をそんなに怒っている………?

【女】バカぁぁぁっ!

【己】す、すまない………。

 ………………。
 ………。

 ………………。
 ………。

【己】む、無理をするな………。

【女】ふんっ、もう大丈夫だからっ。

【己】そ、そうか………。

 ………………。
 ………。

 ………………。
 ………。

【己】ところで………名前は………?

【女】お前には絶対教えないからっ!

【己】そういうな………。

【女】………………。

【女】………………。

【女】というか、お前誰………?

【己】教えてやらん。

【女】………………。

【女】この町の人じゃないね。

【女】こんなとこで何してるの?

【女】怪しいよ。泥棒に来たの?

【己】莫迦を言うな。

【女】じゃあ何さ。正二の客?

【己】………………。

 あれ?呼び捨て………?

 ………………。
 ………。

【己】お前、此処ん家の人?

【女】うん。

【己】………………。

【己】………………。

 あ。

 ………………。
 ………。

 ああ。
 ああ、何だそうか………成る程な。

【女】やっぱりキミは泥棒?

【己】歓迎されない客という意味では、良いところそんなものだ。

【女】変な言い方するね。

【己】ふっ………。

 ………………。
 ………。

 彼女の頭を撫でる。

【女】な、何するんだよっ!

 撫でようとしたのだが、払い除けられてしまった。

【己】つれないな。

【女】キミってもしかして痴漢?僕なんて襲って楽しい?

【己】違うさ。

【女】でもさっき僕のこと変な目で見てたでしょ。

【己】寝言は寝て言え。

【女】なにさっ、痴漢の癖にっ!

 ………………。
 ………。

 ………………。
 ………。

【己】幾つになる?

【女】え、何が?

【己】今年で幾つになる?

【女】何でお前なんかに教えなきゃなんないんだよっ。

【己】………………。

 よく判らんが………嫌われたものだな。

【己】襲われるなら答えても答えなくても、同じではないか。

【女】っ………!?

 一瞬、彼女は不安そうに己の顔を見返した。

【女】………………。

【女】………………。

【女】まだ17。今年で18だよ。

【己】そうか……。

 また頭を撫でようとした。
 ………跳ね除けられる。つれない。

【己】見違えたぞ。

【女】えっ………?

【己】………………。

【己】随分と、可愛らしくなったものじゃないか。

【女】え………え……?

【己】………………。

【己】………………。

【己】全く………此処ん家の奴等は、どいつもこいつも己の事忘れやがって………。

【女】………………。

【己】………………。

【己】お前には従兄弟が居ただろう。

【己】同じ此の場所で、兄妹のように過ごした従兄弟が。

【女】………………。

 ………………。
 ………。

 ………………。
 ………。

 今思うと、何もかもが遠過ぎる………。
 何もかもが………。

 ………………。
 ………。

【己】………………。

【己】大きくなったな、沙耶………。

【沙耶】えっ………。

【沙耶】………………。

【沙耶】どうして僕の名前………。

【沙耶】………………。

#沙耶 驚き

【沙耶】………っ!

【沙耶】え、まさか………え………。

【沙耶】………………。

【沙耶】総、兄ぃ………?




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