かごめかごめ物語(仮)公開版



〜〜〜診療所




【六郎】疲労していますね。

【己】真坂。

【六郎】貴方は疲れていますよ。ほら、顔色だって良くない。

【六郎】舌の血色だって悪いですし、ええっと………何処にやったかな……。

【己】………………。

【己】………………。

 注射ならお前の出番だ、すたーりん。

 考えてもみてくれ。お前の餌は大尉殿に奪われた。
 つまり此処までの行軍で、お前は一時も食事をしていない事になる。己は己より、お前の健康状態の方が心配なのだ。

 大人しく注射を受けて、そうだ、後で一度バラしてやろう。
 そして隅々まで磨き抜いてやる。さぞかし生き返ると思うぞ。

 ………………。
 ………。

 い、いや………だからだな………。

 ………………。
 ………。

 お前の主人には悪かったと思っている!
 しかしっ、しかしだなっ!己が言いたいのは………!

 か、代わりに………注射を………。

【六郎】あった。これ飲んで下さい。

【己】………何だ此れは。

【六郎】蜂蜜ですよ。僕が山から採って来たんです。

【己】………………。

【己】………………。

 すたーりんよ、今のは全て忘れろ。いいな?

【己】………………。

 その琥珀色が満たされた瓶の中には、蜂の子やら、蜂の羽などが有象無象に混じり込んで、見る人によっては相当にえぐみがある。

【己】そうか………少し貰おう。

【六郎】どうぞどうぞ。

【己】………悪い。

 ………………。
 ………。

【己】ところで………。

 いくらか皿に移して貰い、瓶を突き返しながら切り出した。

【六郎】ところで?

【己】………………。

【己】蔦姉………いや、蔦枝の病状は………どうだ……。

【六郎】ああ、そうですね………。

【六郎】可も無く、不可も無く………といったところでしょうかね。

【己】そうではない。

【六郎】と、言いますと?

【己】………………。

【己】己は………もう10年以上も蔦枝と会っていない………。

【六郎】おや、そんなに此処を離れていたのですか。

【己】………ああ。

【己】………………。

【己】昔の蔦姉は………酷いものだった……。

【己】………………。

【己】気が………触れたと、云うのかな……。

【己】一日中、空ろな瞳で床の天上を見上げていてな………。

【己】己が声をかけても、時折視線を僅かに向けるだけで、何の反応も示してはくれなかった………。

【己】………………。

【己】気味が悪かったよ。己は幼心に蔦姉が怖ろしくなった。

【己】あれから………蔦姉の床に立つのが怖ろしくて………一度も会っていない……。

 あれだけ………敬愛していた反動なのかな……。
 思えば思うほど………己は……幼かった………。

【六郎】………………。

【六郎】そうですか……。

【己】それからすぐさま、此処を出て行く事になった。

【己】………………。

【己】だが己は………蔦姉が心残りだったようだ。

【己】何故、ちゃんと会ってから出て行かなかったのか。

【己】ひょっとしたらそれが何かの拍子に為って、快方に向かってくれたかもしれない。

【己】そんな妄念の日々過ごした。

【己】幸いに、時と共に薄れて行ってくれたがな………。

【六郎】………………。

【六郎】私が此処に雇われたのはほんの3年前です。

【六郎】其れまでは、五作という男が診ていたそうです。

【己】知っている。

【己】………悪い男では無かった。

【六郎】そうですか……。

【己】………………。

【己】蔦姉の第一印象は、どうだった……?

【六郎】ん………。

 どう云ったら良いのか、六郎は困った顔をした。

【六郎】………………。

【六郎】………………。

【六郎】私が此処を訪れて、突然に快方に向かったそうです。

【己】………………。

【己】本当か……?ならば、ならば感謝の言葉もない。

【六郎】い、いえ………私は本当に何もしていないんです……。

【六郎】そもそも狐憑きの治療法なんて、医学書に載っている訳がありませんし………。

【六郎】私も………まるでよく判らないのです……。

【己】よく判らない?

【六郎】………はい。

【六郎】蔦枝さんは徐々に徐々に、回復はしていたそうです。

【六郎】その、初めは寝たきりで………仰るとおり精神機能の著しい低下があった様子なのですが………。

【六郎】既に私が診た時点では、立つ事も出来ましたし、肉体を動かす―――という精神機能はほぼ完全に回復していました。

【己】………………。

【六郎】ただ………その………。

【六郎】………………。

【己】云ってくれ。

【六郎】………はい。

【六郎】若干の徘徊癖と………訳の判らない独り言、それと………。

【六郎】………母親のふりをするのです。

【己】………っ。

【六郎】自分自身が誰なのか、判らなくなる時があるようで………お世話の春夏さん共々苦労しました。

【己】………………。

【己】………………。

【己】そうか………。

【六郎】けど、もう過ぎた事ですよ。

【六郎】もうあんなに元気です。そんなに思い詰める事はありません。

【己】………………。

【己】………ああ。

【六郎】自我がちょっと曖昧で、足取りもあの通りですから毎朝夕と、診察はしていますが………屋敷に居る限り、もう立派な健常者ですよ。

 屋敷に居る限り………か……。

 ………………。
 ………。

【六郎】もう止めましょう。

【己】え……?

【六郎】今晩………いえ、明日にでも蔦枝さんと話してごらんなさい。

【六郎】それが一番ですから。

【己】………………。

【己】そう、そうだな………ああ。

【六郎】私は彼女より、貴方の方が心配ですよ。

【己】………莫迦を云うな。

【六郎】ふふっ、血は争えませんね。

【己】何だと?

【六郎】そういう、儚いというか、危うい所がそっくりですよ。

【己】………………。

【己】………………。

【己】云ってくれるな。

【六郎】率直な感想ですよ。

【己】ふんっ………勘弁してくれ。

【六郎】ああ、そうそう。

【六郎】どうです?今晩にでも、うちのご当主さまと一緒に一杯やりません?

【己】………悪くないな。

【六郎】此処の地酒は本当に美味いですよ。

【六郎】都会で売りに出せば、かなりの人気を博してくれると私は思いますね。

【己】其れは楽しみだ。

【六郎】では、約束ですよ。

【己】ああ。

画面ブラックアウト

 ………………。
 ………。

 ………………。
 ………。

 それから酒の話に花が咲いた。
 如何やら此の男、此処に来る前は帝都に居たらしい。
 何があったのやら知らんが、それから各地を転々と放浪する事となって………その折に偶然、叔父上のお目に止まったとか。

 腕の方は知らんがどうせ片田舎。
 下の街にも医者は居るだろうが、どうあっても人手不足。
 叔父上としては、言葉通り口から手が出るぐらい欲しかったに違いない。

 それから談笑が暫く続いて―――

#立ち絵 沙耶

【沙耶】総兄ぃ、晩ご飯だよ。

【己】まだ夕方だぞ。

【沙耶】うちは早いんだよ。

【六郎】今晩は、沙耶さん。

【沙耶】………………。

【沙耶】う、うん………今晩は……。

【己】どうした。

【沙耶】………………。

【沙耶】じゃ、行くから……。

 一瞬、子猫みたいに拗ねた様子で、構って欲しそうに己を見上げる。
 が、何故か不安そうに六郎を見て、表情を変えた。

【沙耶】またね………総兄ぃ……。

#沙耶去る

【己】あれは何だ?

【六郎】凄いですね、総一郎さん。

【己】………何がだ?

【六郎】あの子、人見知りが凄いんですよ。

【己】………………。

 そう云えば………そんな覚えも無い事もない。

【六郎】特別な人と、そうでない人の差が激しいんです。

【己】ふぅん……。

【六郎】私は残念ながら………後者の様ですが………。

【己】残念だな。

【六郎】本当ですよ………診察も大変で………はぁ……。

【六郎】この前なんて噛みつかれましたよ………ほら、此処に歯型が………。

【己】良いではないか。そんな事など忘れて、一杯やろう。

【六郎】………………。

【六郎】………ふふふ、そうしますか。

【六郎】ああ、此処をたたむので手伝って貰えますか。

【己】お安い御用だ。

【六郎】はぁ………晩酌晩酌……。それだけが日々の楽しみですよ……。




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