かごめかごめ物語(仮)公開版
〜〜〜招かれざる客
#篁家正門
【己】………………。
【己】………………。
よもや、再び此処に帰る日が来ようとは、夢にも思わなかった。
もう二度と此の地に戻るまいと、幼心に固く誓い、焼き鏝のように胸に刻みつけた筈なのに。どうして己は今、この場所に立っているのだろうか。
いかに重要な用件とはいえ、己にだって大切な職務がある。
三島からの往来も、並々易しいものではない。
なにせ一番近い駅へと戻るにも、この足一つで山を越えなければならないのだから。旅費だって安くない。
それら全てを犠牲にして、やはり、己はどうしてこの地に立っているのだろうか。
………………。
………。
………………。
………。
何より己は、此の篁町が………。
………………。
………。
………………。
………。
やめよう。
………………。
………。
篁家の門構えは記憶の中のものよりも、見違えてしまうほど息吹を還して見えた。
勿論、実際はそんな訳もあろう筈が無い。
しかしけれど確かに、目前に広がる風景は、手入れの行き届いた健康的な空気を醸し出している。
………………。
………。
それは悪魔でごく表層の部分だけだ。その核心にある仄暗い、退廃的な匂いを、己は見逃す事すら出来無かった。
そう、この家は何も変っちゃいない。
此の家はずっとずっとその古(いにしえ)から、そういう家なのだ。
………………。
………。
忘れるものか。
この家の、此の己が毛嫌いして、呪ってやまない醜悪な本性を………。
………………。
………。
………………。
………。
なつかしい思いはある。
けれどその坩堝が溢れるその遥かその前に、記憶たちがそれを頑なに否定する。
見事な門構え。
己も各地で多種多様な街並みを眺めてきたが、再び目の当たりにして、その荘厳さに心奪われる。
高が片田舎の地主風情が、それもまともな道にも通じてさえいない、こんな辺鄙な土地で。どうしてこんなにも不釣合いな邸宅に棲もうなどと、恐れ多いことを思ったものか。
その風格は公家やら華族、戦争成金どもが好んで棲むような家々と、少しも変りはしない。
………………。
………。
【小娘】ひ、酷いヨ……。
【小娘】置いてけ堀にするなんてサ………。
【己】………………。
【己】来たか。
【小娘】もうっ、お兄さんって鬼か天狗と違いマスかっ!
【己】………………。
【己】何を馬鹿なことを……。
【己】それに上まで競争してみようなどと、誘いをかけたのはお前ではないか。
【小娘】そうですケド、でも………。
【小娘】でもでも、やっぱりそんな重そうな荷物背負った人に、この私が負けるなんて………。
【小娘】毎日往復してるノニ………。
【小娘】やっぱりお兄さんは鬼なのです。
【小娘】毘沙門さまみたいな鬼神に違いないのデス!
【己】………………。
【己】ふふっ……。
【小娘】あ………。
【己】お前は面白い小娘だ。
【己】己が天狗?鬼?鬼神?
【己】………………。
【己】くっ、くふふっ……。
馬鹿なことを。
………………。
………。
………………。
………。
【己】………………。
だったらアイツらも………あんな悲惨なことには為らなかっただろうな。
………………。
………。
【己】ふんっ。
【小娘】え……?
愚かな繰言を。
………………。
………。
【己】これは手土産だ。
【小娘】手土産?
【己】そう、お前らの好きなものが、沢山詰まっているのさ。
【小娘】………………。
【小娘】………………。
【小娘】お兄さん!
【己】なんだ。
【小娘】しょ―――いえ、我が家の主は此方です。
【己】………………。
【己】………………。
【己】ふふっ……。
【小娘】笑わなくでくださいよ。
………………。
………。
………………。
………。
【小娘】履物は此方に履き捨てて下さい。後ほど私の方で、靴箱の方へとお片付けさせていただきますので。
【己】そうか。頼む。
【小娘】はい。では、どうぞ。
【己】………………。
【己】………………。
【己】普通の客には、そういう応対なのだな。
【小娘】はい、色々ありまして♪
【己】ふむ……。
この娘………。
利発そうには見えたが、意外にそれ以上かもしれぬ。
………………。
………。
【己】………………。
【己】乙張りの利くことは、己も嫌いではないよ。
【小娘】ふふっ………正直私はちょっと苦手です。
【己】ふっ……その口で言うな。
【小娘】本当なのにナ……。
………………。
………。
………………。
………。
【小娘】では、此方で少々お待ち下さいませ。
【己】ああ。
………………。
【己】なあ。
【小娘】はい?
【己】此れ、弄っていいだろうか。
【小娘】此れ……?
【小娘】あ……。あの人たちったらもうっ、また片付けないでっ……!
………あの人たち?
………………。
………。
【小娘】あ、えっと………エヘヘ。
【小娘】大丈夫です。どうせ私が片付けてしまうので。
【己】………………。
【己】そうか。
【小娘】では、呼んでまいりますね。
【己】ああ。
………………。
………。
………………。
………。
さて。
小娘が去って、独りになった室内をゆっくりと眺めた。
………………。
………。
#↓この一言では効果が薄い 後述の唇を噛み切るぐらいの演出を。
記憶の中の風景が黄泉還る。
………………。
ちっ……。
畜生が。
固く唇を噛み締めた。
追憶が己を駆り立てる前に、鈍い激痛が己を支配する。
畜生。畜生。畜生どもめがっ!
………………。
糞がっ……!
………………。
………。
………………。
………。
あ………。
………………。
………。
口の中に広がる鉄の味。喉にまで其れは絡み付いてきて、はたと己を我に返した。
………………。
ちっ……。
馬鹿が………。
………………。
………。
………………。
………。
スッと瞳を閉ざして、それからゆっくりと碁盤を眺めた。
【己】………………。
冷静になれただろうか。
………………。
………。
静かに佇む心に、生臭い血の味だけが流れ込んで来る。
………………。
………。
ふぅん………中途半端だな。
二人で打っていたらしい。
白が黒を劣勢に追いやってほぼ手詰まりにしていたが、己なら返せない構図でもないな。
【己】………………。
【己】………………。
パチッ……。
【己】………………。
【己】ふんっ……。
………………。
………。
………………。
………。
【小娘】お客さま。
小娘が戻ってきた。
当主の姿はない。
【己】どうした。
【小娘】その………申し訳ないのですが……。当主はただ今、大変多忙でして………。
【己】会えないのか?
【小娘】いえ。ものの半刻ほどお待ちいただければ、直ぐに会うと。
半刻か。
暫く聞いていなかったが、随分と懐かしい響きだ。
ど田舎め。
【小娘】お客さまと重なるように、主の方に来客があったようです。
【小娘】………………。
【小娘】その………申し訳ありません。半刻ほど、ものの半刻ほど暫しお待ちいただけませんでしょうか。
【己】………………。
【己】阿呆が。
【小娘】えっ……?
【小娘】あっ、お客さま口から……血が………。
【己】構わん、奴の部屋へ案内しろ。
【小娘】えっ……。
【小娘】えっ、え……で、でも……。
【己】己が構わんと言っている。
【小娘】そ、そんな……こ、困ります……。
【己】お前の悪いようにはせん。
【小娘】お、お兄さん、そんなことされたら………私怒られちゃうヨ。
【己】大丈夫だ、問題ない。
【小娘】問題あるぅ〜〜〜!!
【己】ふんっ。
【小娘】ちょ、ちょっとっ、だ、ダメだってばっ、お、お兄さん……っ!
まどろっこしい。
いつまで此の地は旧時代のつもりだ。
片田舎の地主風情が、どいつもこいつも阿呆どもが!
【小娘】こ、困るヨぉっ!
【己】かまわん。
先ほど小娘が消えた方角へと目星をつけて、廊下を進んだ。
【小娘】お、お兄さんっ、ご、後生ですっ……!後生ですからっ、モウっ……!
ギィギィと軋んだ音を響かせる床。
気に入らん。
この家の放つ、生活音一つ一つが、己の癇に障る。
廊下を進めば進んだだけ、視界と記憶が一致して、癪に障る。
【己】どけ。
【小娘】お、お願いしマスぅ〜〜!
小娘は己の右袖にしがみ付いて、必死に哀願を求めて、掃除の行き届いた床を引き摺られてゆく。
【己】それはできん。
【小娘】そ、そんなぁ……。
………………。
………。
………………。
………。
此処だな。
大方書斎を仕事部屋に使っている。
そう高を括ってみたが当りだ。
他の部屋とは一風変った洋室住まい。
その洋扉の向こう側から、ボソボソと談話の残りかすが響く。
【己】ふぅん………。
【小娘】お、お兄さん、後生デス………後生ですからもう……。
と、娘は小声で己に訴えかける。
【己】悪いようにはしない。
【小娘】も、もう………十分悪いデス………。
【己】ふっ………。
………………。
………。
………………。
………。
さて………と。
【己】………………。
何十年ぶりかな。
【己】………………。
やるか。
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